路上観察学会小倉支部 a File of the ROJOH KANSATSU

【講座参加者大募集!】路上観察の視点から「軍艦島」を語る

どうも、赤鞄です。
皆さま、支部長レクチャーの無料講座に参加してみませんか?


小倉魚町銀天街にて11月より1ヶ月間にわたり開催されます「小倉魚町・得する街のゼミナール」に路上観察学会小倉支部が参加することになりました。

この企画は「まちゼミ」と呼ばれ、全国各地の商店街の街おこしとして大変人気のある取り組みで最近注目を集めております。商店街の商店主や従業員が「講師」になって専門的な知識やプロならではの「コツ」などを基本「無料」でお客様へお教えします。

この32店舗が行う44講座、とっても楽しそうで得をしそうな内容ばかりなのです。
こちらから講座内容を確認できます。 

uozemi.gif


さて、路上観察学会小倉支部が行う講座名は「路上観察の視点から軍艦島を語る」でございます。
先日長崎市の特別な許可を頂き「NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会」と共に上陸し、軍艦島を観察した支部長より、産業遺産について写真を見ながらレクチャーするといったとても興味深い内容になっております。

日程は11月1日(金)、11月19日(火)、11月27日(水)いずれも18時~19時(予定)です。定員は1~5名で予約制です。参加費は無料です。



まちゼミチラシ


路上観察学会小倉支部に興味のあるかた、産業遺産について興味のあるかた、軍艦島に興味のあるかた、支部長のぽっこりしたお腹をみたいかた、是非ご参加おまちしております。










支部長 藤森照信先生にお会いして「路上観察学会小倉支部」正式承認を頂く

ブログご覧の皆様なら、藤森照信先生をご存知ない方はいらっしゃらないと思いますが、一応ここで少しご紹介をしておきましょう。

長野県の諏訪のご出身で、東北大学工学部 建築学科卒業(元オフコースの小田和正と同期)、東京大学大学院へ進学し村松貞次郎先生に師事し近代日本建築史を研究しました。
建築探偵団を結成し、各地に残る近代洋風建築の調査を行い、その過程で関東大震災後に多く建てられた写真のような一見洋風の店舗兼住宅群に着目し、それを「看板建築」と命名されました。

看板建築


そして、1986年、赤瀬川原平・南伸坊らと「路上観察学会」を結成しました。

路上観察学入門

1991年に地元諏訪で神長官守矢史料館で建築家としてデビュー。設計作品では自然素材を大胆に使いました。
その後、赤瀬川原平氏邸「にらハウス」や自邸「タンポポハウス」屋根の上に植物のある建築設計。
東京大学を定年退官後も工学院大学教授として教鞭をとる傍ら、日本近現代建築史、自然建築デザインとして、現役で活躍されております。

私たち、路上観察を行うものとしては、もう、神様的な存在であることは間違いありません。そんな方とお会いできるお導きは、九州大学の藤原惠洋先生からの1通のメールから始まるのです。

8月のお盆前のある日、惠洋先生から「藤森先生が福山市(広島県)でワークショップを開くので参加してみないか」とのお誘いがありました。思わず「うおー!」と叫んで、女子社員達からの冷ややかな目線を浴びながらも、平日ではありますが何を持っても参加すべく、支部長は「休暇願」を会社に提出し、万全の態勢でその日を迎えました。

しかし何ということでしょう。
当日は台風15号が接近中ということで、ちょっと開催が危ぶまれました。かなり雨はひどかったのですが、神様は支部長に微笑んでくれて予定どうりに開催!現場である神勝寺へ行くことにしました。


藤森先生より、現在「寺務所」の新築工事を行っているが、そのホールの六角錐型の屋根材にする銅版の加工をしていただきたいと言う説明が行われ、藤森先生ご自身にてそのデモンストレーションを行っていただきました。

藤森先生

3種類の幅の銅版をグニャグニャに折り曲げるのが本日のミッションであり、その数1500枚かなりハードだとの説明でありましたが、作業は順調に進んでいきました。予定より早く作業が終了したので今回の「神勝寺 寺務所」をはじめ「一夜亭」・「ツバキ城」で藤森先生のパートナーを務めている「大嶋アトリエ」の大嶋信道代表から、屋根を葺いた状態の説明がありました。

大島先生

藤森先生とは、休憩時間やワークショップ終了後、ほんのわずかな時間でしたがお話しすることができました。我ら「路上観察学会小倉支部」の活動についてもお聞きいただき、「どんどんやってください」とのお言葉を頂戴し、支部名についても了承を頂き、支部長感激の一日でした。

藤森先生と

何故かリノベーションスクールのTシャツで藤森先生とツーショット写真も撮らせていただきました。お腹のふくらみはご愛嬌です。

福山からの新幹線はもしかしたら台風で止まるかもしれないと、みどりの窓口で言われましたが無事小倉に戻ってきたのですが在来線が大変なことになっていました。


しかし、色々ありましたがほんとに行ってよかったとしみじみと思う支部長でした。
最高の一日でございました。




嗚呼 「軍艦島」 支部長はただ神に祈るのみ

台風24号

本日、超大型の台風第24号が北部九州直撃という予報が出ていますが、最も心配されるのが軍艦島の産業遺産群です。軍艦島の歴史を見てみるとこの島は、まさに台風との闘いであったと言ってもいいでしょう。軍艦島の台風は「雨・風どころか波まで空から降ってくる」と言われたように、風雨のみならず、波浪や高潮などの被害も多く出ました。
現在、観光見学ツアーで利用しているドルフィン3代目ですが、初代は完成から2年後、2代目のドルフィンに至っては完成1年後に台風の高波によって流されてしまいました。2004年の台風18号でも台風では50号棟(昭和館と呼ばれた映画館)が鉄筋コンクリート造のエントランス部分を残し本体赤煉瓦造りの部分が崩壊してしまいました。

台風威力

この台風で一番心配されている建物は、前回ご紹介しました70号棟(端島小中学校)です。正面からの写真では、よくわからない部分にこの建物が心配される部分があるのです。これも1999年の台風18号によっておこった70号棟東側の防波堤の決壊により引き起こされました。先ずは1号棟(端島神社)から見た70号棟の写真をご覧ください。

学校の基礎4

写真左の建物は65号棟(報国寮)と呼ばれる島最大の共同住宅です、右側手前は71号棟(体育館・給食センター)で島で最も新しい建物ですが、体育館の鉄板屋根は海が近かく塩害のためでしょうか完全に抜け落ちています。その奥が70号棟ですが、7階鉄骨造の増築部分は壁はすべてはがれ落ちています。

学校の屋根

65号棟から見た70号棟の屋根ですが、部分的には崩落が始まっています。この建物の一番の問題は、基礎部分にあります。では写真で見てみましょう。

学校の基礎2


建物の下をご覧ください。台風の被害で防波堤が決壊したときに建物下の土砂が流出してぽっかりと大きな空間ができてしまっています。その下の杭も何本か折れてしまった状態です。裏に回ってみましょう。

bb


建築物が古くなってくるとコンクリートの壁面も亀裂が発生していきます。発生した亀裂には水や空気が侵入しやすくなり、その為内部の鉄筋が次第に発錆します。発錆とは鉄と酸素と結合する現象ですので、鉄筋は酸素を取り込んだ分質量が増加し体積を膨張させます。この鉄筋の体積増加によってコンクリートは内部から破裂します。この現象を爆裂と呼んでいます。この「杭の鉄筋が爆裂」した状態、写真を見るとやはり杭がたんだん細くなっていっているようです。下に落ちている配管はたぶん下水配管ではないでしょうか。反対側の岸から見てみましょう。

学校の基礎5


「軍艦島を世界遺産にする会」の代表で、旧島民である坂本道徳氏によれば、防波堤の補修は終わったが、潮の満ち引きでこの池の水深が同調しているところから、今でも土砂の流失は止まっていないとの話でした。このままでは建物崩壊ということもあり得る状態だそうです。
また1999年の台風18号とほぼ同じコースをたどっているところから非常に心配であります。

護岸からあふれる海水


島の西端にある汚水浄化槽の近くの防波堤にも穴があいているようで、波が打ち寄せるたびに噴水のように水柱が上がっていました。


今更、支部長は何をすることはできませんが、ただただ神に軍艦島の無事を祈るだけです。



今回使用しました写真は、長崎市の特別な御許可をいただき撮影したものです。


産業遺産サミット2013長崎に参加して~路上観察 軍艦島編~

いきなりですが「廃墟」と「産業遺産」はどこが違うのかと言う問題。

「廃墟」とはその先になにも見出すものがなく、ただその物件を見たり、撮影したり、ブログ等でアップした時点で消費しつくすものである。「産業遺産」はその物件の裏側にある歴史や、そこでの人々生活を背景とした思いを「産業遺産」を通じて見ることではないかと支部長は考えています。

ある鉱山跡が廃墟マニアの有名なブログに取り上げられた途端、無秩序に全国から廃墟マニアが集まり、落書きや盗難騒ぎがあったため、保存の話が取りざたされていたのに急きょ所有者の意思で解体された事例が報告されました。

じつは支部長、先日「産業遺産サミット@2013長崎」に「路上観察学会 小倉支部長」として参加いたしました。今回、サミットの趣旨をご理解いただき、長崎市の特別な許可をいただいて「NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会」の坂本理事長の坂本理事長の案内で軍艦島に上陸し、建物内部まで入って撮影した写真をいくつか紹介したいと思います。




軍艦島は野母半島の沖合4㎞の海上に浮かぶ周囲1.2㎞の小さな島です。昭和49年(1974年)に閉山するまで東シナ海側の海底から良質の石炭を産出する炭鉱として日本の経済を支えてきました。しかしエネルギーの石油への転換、安価な外国炭との競争に敗れ、閉山とともに無人島になってしまいました。
その後35年間以上が経過した現在、島は何一つ人の手が入らないまま時間を積み重ねてきたのです。


その島に上陸して、思う存分路上観察をしてみました。上陸個所は、通常の軍艦島ツアーの上陸地点ドルフィン桟橋ではなく70号棟の東側にあるにある「すべり」と呼ばれている船着き場から上陸しました。

70号棟


軍艦島は炭鉱施設を除いて、すべて建物に番号が付いています。
この建物は70号棟の端島小中学校です。地上7階建てで、7階部分はのちに増築されています。1階~4階までが小学校、5階及び7階の一部が中学校、6階は図書館と講堂、7階の一部には美術室や被服室等の特別教室がありました。奥の建物は65号棟の職員社宅です。
さっそく建物の中に入ってみましょう。

学校入り口の生徒作品


入口には軍艦島を南側の海上から見たと思われるタイル画が飾ってあります。生徒の作品でしょう。まだ色もはっきりしています。学校の象徴が時を経て、私を迎えてくれました。
奥の階段を上って3階の職員室を観察しましょう。

本棚

教科書などが散乱しています。3階の職員室は、手前が中学校用で奥が小学校用と隣接してあったそうです。

中学校教室

オシャンビュー

これは5階の中学校の校舎です。教室の窓からはすべてオーシャンビューです。窓の向こうにうっすらと見えるのは、島で唯一建物番号のない教職員住宅のちどり荘で、その左手に見えるのは69号棟端島病院です。

講堂

6階の講堂に入ってみると、壁には有名大学の放浪研究会なる落書きが・・。
今回もそうですが、ここに入るためには長崎市の許可が必要ですし、また今回は長崎市の職員の方も同行しています。このブログを見た方は絶対無断上陸するようなことはおやめください。

7階に登ってみますと廊下の天井はすべて落下しています。

7階天井

美術室の前にはまだ生徒の作品が残っています。その隣の被服室には朽ち果てた足踏みミシンが・・・・。

美術教室

ミシン


島の空気、景色、物件、すべてに圧倒された支部長です。
次回は65号棟について書きたいと思っています。


リノベーションツアー裏マップ

どうも、赤鞄です。

北九州市小倉地区にて現在(8月15日~18日)開催されております「リノベーションスクール@北九州」をご存知でしょうか。
単なる建築の再生だけではなく、地域やコミュニティの再生にリノベーションという手法を使い、そのスキルを学ぶ4日間のスクールです。

じつは、路上観察学会小倉支部も「リノベーションスクール@北九州」と深いお付き合いがございまして、このたび支部長はツアーコンダクターとして熱射地獄の小倉のまちをご案内することになったのでございます。

実際に行われたリノベーションの事例をまち歩きしながら巡るツアーなのですが、それに留まるつもりはございません。もちろん「路上観察」勝手に盛り込んでおります。「リノベツアー裏マップ」を手に、また違った目玉で小倉のまちを知って頂く狙いです。

リノベツアー


もしお時間ございましたら、皆さまも参加しませんか?

(予定)
8月16日(金)
時間/13:00~15:30、 17:00~19:30

8月17日(土)
時間/17:00~19:30

8月18日(日)
時間/10:00~12:00、 14:00~16:00

いずれも参加料金 1,000円です。

詳しくはこちら→ リノベーションスクール@北九州

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