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路上観察学会小倉支部 a File of the ROJOH KANSATSU

路上観察について、雨中に思う

このブログを始める前に、路上観察学会の創生期からのメンバーとして参加されていた方のお話をうかがう機会があった。その方からは、フィールドワークのひとつの切り口として路上観察を実践することは、大変素晴らしいことだとおっしゃられていた。

筆者自身、路上観察学や考現学と言われていた時代、南伸坊著の「ハリガミ考現学」や赤瀬川原平著の「超芸術トマソン」を読んで面白がっていた程度で、本質についてはあまり考えていなかったというのが現実だ。今回、それではということで、赤瀬川原平・南伸坊・藤森照信 共編「路上観察學入門」を探し出し読んで、いろいろなことが分かってきた。たしかにシャレで学会が始まったのだろうが、中身は大変深い。
藤森照信先生の「路上観察の旗の下に」という文章がある。その中で先生は芸術と路上観察の違いについてこう述べられている。

〜芸術には、作者がいてその思いや美意識が詰まっていることになっているので、作品と呼ばれ鑑賞される。一方路上観察額は、対象が役に立たない階段や、電信柱、張り紙などで思想も心も詰まっていない無意図なものであり、これは物件と呼ぶしかない。こうした物件は、鑑賞ではなく観察するものだ。観察という行為には「夏休みの宿題・朝顔のの観察」でわかるように科学性がある。現代の先端科学などではない子供の科学性が漂っている〜


実はある2件、すごいものを発見していた。これは、「作品 OR 物件」?でもみんなに知って欲しい。しかし.....。この悩みを最初に路上観察の話をしてくれた方に聞いてみた。そして、その答えは
「楽しめばいいのですよ。みんなが喜んでくれたらそれでいい。」であった。

貴重なアドバイスを頂いたあと、この一点は絶対に守らなければいけないと言われたことがある。建物などの痕跡が壁にシルエット状に残っている物件。密集して立てられていた建物群の一部が取り壊された場合などに出現する物件について当時は、核兵器の名前を例えにして「原●物件」、水により発生した場合は「水●物件」、看板などが外されたときにできたものは「中●子爆弾」と言っていた。いろいろな著作が出たり、マスコミに取り上げられるようになると、とある団体などからクレームが出てきた。たとえシャレで始まったとはいえ、これによって不愉快に思う人がいると言うことは絶対にあってはならないということで、これ以降は封印しているが、未だに使用している人がいることは悲しいと、おっしゃられていた。たしかに、net上で検索するとそのような用語が使われているし、wikiでもそう扱われている。しかし本支部では、そのような表現はしないと、宣言します。


いろいろと語ってしまいました。

今日は雨。
なので、番外編ということで、小倉の物件はお休みしてちょっと他地区で見つけてきた面白いものを紹介しよう。
八幡東区祇園町で採集。おそらくこれ以上幅の狭いドアは、私は見たことがない。どうやって使うのか、とにかく悩んだ物件である。とにかくご覧頂きたい。

超スレンダーなドア

幅は20cm位でしょうか。ドアのほぼ中央部にドアノブがあります。かなり開けにくいでしょうね。
誰が出入りするのでしょうか。実際、こんなドア製造なんて本当にされているのでしょうか。なんとも不思議な物件でした。


また明日からは、小倉の物件に戻ります。
雨のあとの夕焼け、今日は本当にきれいでしたね。

 

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