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路上観察学会小倉支部 a File of the ROJOH KANSATSU

正体不明のマンホール

前回に続き、今回もマンホールの蓋を観察してみましょう。

マンホールの蓋はとても奥が深く、愛好者も大変多いですね。路上観察学会の創世記からのメンバーである林丈二さん(イラストレーター・エッセースト)は、路上観察の中でも特にマンホールの蓋研究の第一人者で「マンホールのふた」日本編・ヨーロッパ編も書かれています。(興味のある方はご一読されることをお勧めします。確か中央図書館にあったと記憶しています。)また、マンホールの蓋の拓本(通称 マン拓)の収集家もいると聞いたことがあります。それくらい魅力があってハマってしまうのでしょう(マンホールだけに)

ではさっそく物件を観察してみましょう。2つのマンホールを紹介します。

小倉マンホール1


採集場所は小倉北区船場です。みかげ通りから旧小倉ホテル南側に入ったところにある道路に、このマンホールはあります。石縁があるとても重厚なマンホールです。かなり摩耗して蓋のマークははっきりとしません。

この道をまっすく西に進んで井筒屋の新館近くに、これと対のマンホールがありますのでそちらも観察してみましょう。

小倉マンホール2

こちらも先ほどと同様に石縁で保護された古いマンホールの蓋が確認できると思います。この2つのマンホールの距離は約60mくらいあると思います。まずは、みかげ通り側のマンホールの蓋に近づいて詳細に観察してみましょう。

小倉マンホール3

石縁の1/6ほどが欠けています。マンホールの蓋には、内側に8個、外側に12個の穴が開いています。合計20戸物穴が開いたマンホールは見たことがありません。表面の摩耗具合から見てもかなり古いものであることは間違いないでしょう。それでは井筒屋新館前のマンホールも詳細に観察してみましょう。

小倉マンホール5

マンホールの蓋の状態は、みかげ通り側と大差ありませんが、石縁はこちらの方が悪いようです。さてこのマンホールいったい何なのでしょうか。うっすらと中心部に旧小倉市の市章があるようにも見えるのですが。。支部長、いろいろ調べてみましたが、、、わかりませんでした。今後、新たな事実が分かり次第ご報告することにしたいと思います。
最後にマーク部分のアップを観察してみましょう。

マンホール蓋マーク部分

ここから、あなたは何か読み取れますか。想像が膨らむ物件ですね。ぜひ解明をしていきたいと思います。

ここで、北九州市の下水について少し調べてみましたので、ご参考までに紹介したいと思います。
北九州の下水道は1918年(大正7年)に旧若松市の事業認可に始まります。その後、1925年(大正14年)に旧小倉市・1934年(昭和9年)に旧八幡市・1958年(昭和33年)に旧戸畑市・1963年(昭和38年)に旧門司市で下水道の事業認可を国より受けました。しかし、合併後1963年(昭和38年)以前には本格的な下水処理場がなく、なかなか下水道事業は進まなかったようです。合併直後、本格的な処理場として皇后崎浄化センターの稼働後本格的に下水道整備がすすめられました。
現在は、下水道普及率は99.8%となっていますが、合併して4年後の1967年(昭和42年)でも普及率は10.1%しかありませんでした。

とある、都市伝説ですが、マンホールの蓋が1950年代の地下核実験中に、爆風の圧力のためシャフトから猛スピードで発射され、第一宇宙速度を超えて宇宙空間に飛び出したという話があるそうです。この話は1957年8月27日のプランボブ作戦中に実際に起こった事件に基づいたもので、実験中に重い鋼鉄板が試験シャフトからものすごい速さで吹き飛び、その後再び発見されることは無かったという事例だったと。その鋼鉄板が本当に大気圏を飛び出していったかどうかは定かではないようですが・・・・

宇宙の「マン拓」はさぞ喜んだことでしょうね。






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