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路上観察学会小倉支部 a File of the ROJOH KANSATSU

紺屋町の煙突

昭和40年代までは、まちの中の色々なところに煙突がありました。たとえばお風呂屋さんや豆腐屋さんなど、火を使う場所には煙突があったような気がします。また、自宅の風呂の燃料に石炭を使っていた家庭には煙突がありました。支部長の親戚の家にはまだ「かまど」のあった家もありました。
今、まちには銭湯も少なくなってきましたし、以前はガス風呂でも煙突を着けていましたが、それも今ではほとんど見かけなくなってしまいました。

先日、支部長と赤鞄がいつものように紺屋町を観察してたところ、炎天下のなか熱心にある家をスケッチしている青年に出会いました。何を描いているのかなとその家を観察してみたところ、久しぶりに煙突とご対面することが出来ました。

青年の描いていたのは古い商店でした。採集地は小倉北区紺屋町です。

赤煉瓦煙突

耐火煉瓦で出来た煙突です。ここの家はあんこ屋さんなので、昔は石炭かマキを使って湯を沸かしたりしたのかもしれません。今はもう使われていないようです。かなり古い物のようで、見ているだけで歴史を感じてしまいます。まちの真ん中で、このような煙突を見るのは本当に久しぶりです。
八幡東区の祇園町3丁目のバス停前の醤油工場跡に、やはり煉瓦の煙突があったのですが、つい先日解体されてしまいました。ここもいつまであるのでしょうか。心配です。
そんなことを考えて居たとき、赤鞄の「支部長、何ねこれ・・」と呼ぶ声が。近づいてみるとこれは・・・


さっそく、写真で観察してみましょう。

かまど

写真の真ん中の下あたり、壁からチョット出っ張りている部分が分かりますか。これは多分、昔の「かまど」の煙突の跡でしょう。今もこの上に換気扇がついているところから、台所のレイアウトはそのままで、かまどの跡にレンジを置いたのでしょうか。
この出っ張りの部分は、かまどからの煙道(えんどう)の一番下の部分で、この上にたぶんスレートの煙突がついていたのでしょう。真ん中に四角い穴が開いていますが、ここは普段は蓋がしてあって、煙突に煤(すす)が溜まったときにここから煙突掃除用のブラシを入れて掃除をするための穴です。しかしよくぞ残っていたものです。


このかまどの上に、羽釜でご飯を炊いたのでしょうか。ご飯を上手に炊くコツは「はじめチョロチョロなかパッパ、赤子泣いてもふたとるなっ」といわれています。

朝に夕にここできっと、おいしいご飯が炊けたことでしょう。



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