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路上観察学会小倉支部 a File of the ROJOH KANSATSU

この物件には支部長も感激

なんと今回、戦前の逓信省の物件を採集してしまいました。
最初に見つけたときには、驚きで声も出ませんでした。赤鞄と二人で立ちつくした状態でした。

この物件は、小倉北区清水の道路にありました。では、さっそく写真で観察してみましょう。

〒蓋


道路にあるハンドホールの蓋です。鋳鉄製だと思われます。摩耗状態から観てかなり古い物であることがわかります。この蓋を守るためかなり大きな縁石が埋められています。蓋の大きさは縦横15cm×15㎝程度ですので、一般家庭用の水道の止水栓と同じぐらいです。


なぜこのハンドホールの蓋に驚いたかと言いますと、この蓋のマークにあります。そう〒(郵便)のマークが入っているのです。もう少し近づいて、観察してみましょう。

〒マーク

この写真を観察していただければおわかりになりますよね「〒」マークがくっきりと。今まで色々な物件を観てきましたが、このタイプは始めて見ました。しかしいったいこれは何でしょう。


では、もう一度写真で観察しましょう。〒マークに下の部分にこれをかけるためのフックをかける穴があります。これを守っている縁石ですが、厚みは15cm程度です。ほぼハンドホールの蓋と同じと言っていいでしょう。
材質は花崗岩などの自然石のようです。通常、縁石を入れるときは縁石を4本持ってきて井桁状に並べて施行すると思うのですが、この縁石の目地を観察してみると、右上と左下との2カ所しかないことが分かりますね。

つまりこの縁石はL型の石を2個作って組み合わせたと考えるか、目地の位置や角度が不自然であるところから、四角い石の中をくりぬいてロ型の枠を作って設置したが、道路工事などの時に割れてしまって、現在のようになったかが考えられます。


いったいこのハンドーホールの蓋は何でしょう。
おなじみ郵便マーク「〒」は、もとは逓信省のマークでした。逓信省は、明治18年12月逓信省が設置され、昭和24年6月電気通信省発足、その後、同27年8月に日本電信電話公社となりました。「〒」マークは明治22年9月、逓信省全般のマークと定められ、電電マークが昭和24年9月に電気通信省のマークとして定められるまで使われました。

ということは、〒マークの蓋は、昭和24年(1949)9月以前、逓信省もしくは電気通信省の電話・電信のケーブル敷設管ものということになります。ただ、戦中戦後は鉄が不足していたので「〒」マークの鉄蓋の大部分が戦前の逓信省のものではないかと考えられています。

まだこの地下に、そのような通信関係の埋設物があるのでしょうか。
実はもう何もなくて、このハンドホールの蓋だけが残っているのいかも知れません。

蓋だけだとしても、いつまでも長生きしてみんなの安全を見守っていただきたいと思う支部長であります。いいもの見せてもらいました。ありがとう、赤鞄。(←なんで赤鞄にありがとうなん??by赤鞄)




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