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路上観察学会小倉支部 a File of the ROJOH KANSATSU

小倉のど真ん中に謎のレーダーサイト?!

いつもの通りなれた道・・・・・・今まで何故気付かなかったのだろうか
忸怩たる思いにさいなまれながら赤鞄と詳細にわたって観察した、以下その観察結果を報告いたします。

小倉北区船場町の旧小倉ホテルの南側の道路にそれはありました。本当にいつもの通りなれた道です。今思えば確かになんとなく変なものがあるという違和感はあったのですが、こんなにすごいものだったとは。はっきり言って今、その観察眼の無さに支部長は少し凹んでいます。最近はブログもすっかり休んでいるし、連日の飲み会続きで叱られるし、ちょっとしっかりしないといけません。それではさっそくその物件をご紹介します。

遠景

右側のずっと先にある電柱の、ちょうどその真ん中くらいにその物件はあります。よく通りかかる方は、なんとなくそこに違和感があったことに気がつきませんか?よーく見てみてください。それではもう少し近づいて観察してみましょう。

下から

電柱の真ん中あたりに丸い不思議な物体が取り付けられています。日の丸のような、目玉おやじのような。これはいったい何なんでしょう。非常に違和感があります。

「世界征服」を目指す某秘密結社のレーダー??謎の電波発信機??

支部長が先日見に行った『女子ーズ』の「女子ーズ・ロボ」のミサイルにも似ています。他にもレーダーがあるのではと、周辺もじっくり観察。やはりその場所から少し先にレーダーを発見いたしました。そしてこれが何なのかやっと判明できました。


鉄柱付き

正体は「街灯」でした。
しかし、街灯ならこれと同じように下を照らして足元を明るくしないと役に立ちません。あの方向だったら、ほぼ中空を照らしていることになります。「かつては街灯だった」という表現のほうが良いかもしれません。

いわゆる「トマソン街灯」と言うことで一件落着ですが、もう一度最初の物件に戻って詳細に観察を続けてみます。


横から

物件を横から見てみると、腕金の先に街灯部が付いているように見えます。先ほどの物件は支柱と一体になっているタイプですが、これは壁や柱にアンカーを取って取り付けるタイプのようです。
なぜ、このような不自然な形で電柱に取り付いているのでしょうか。
もう少し細部まで観察してみましょう。まずは一番下部です。


下部固定


電柱の足場ボルト(電柱作業員が電柱に登るためにつけてあるボルト)の上に取り付けプレートを番線で結束しているのが判ります。また配線がみんな切断されて廃線になっているのが確認できます。
当然、電気が流れませんので、この街灯が灯ることは・・・・・・ないでしょう。


中間部固定


中間部分の足場ボルトに番線で結束されています。それにしても下部も中間部も結束はしていますが、かなりルーズな取り付け方と言っていいと思います。


上部固定

最上部はやはり、足場ボルトにバインド線でこの街灯を吊り下げるようにして固定しています。


それではなぜ、このように配線が切られて使えない街灯が電柱の上に置いてあるのでしょうか?


4枚目の1番下部の拡大写真でもわかるように、取り付けプレート自体は真っ直ぐで電柱のように丸いものに取り付けるようなものではなく、壁や柱の真っ直ぐの所に取り付けるタイプのものです。
産業廃棄物なので処分料がかさむため、「公開廃棄」したのでしょうか。それにしては、電柱の上まで運びあげ、そして取り付けるとなると重量もかなりあるでしょうから、人力だけではかなり厳しく、クレーンや高所作業車がなければとても作業は無理でしょう。そこまでして「公開処刑」しなければいけない理由とは?

目玉

まず、誰が何の目的でわざわざこんな高所に目玉みたいなものを取り付けたのでしょうか。某秘密結社がレーダーとして?または怪電波を流して悪いことを企んでいるのかもしれません。小倉が危ない!?

もう一つ思うことは、電柱を管理している九○電力とN○Tが何故このことに気づかすに、撤去しないでいたのでしょうか。もしかしたら、○州電力もNT○もグルかもしれません!!!!
怖いです、非常に怖いです。このブログを書いたことで、何か悪いことが起こらねば良いのですが。



本日は七夕。実はこのレーダーは私に向けて発射され、またしても飲み屋に誘導されてしまうのかもしれません。




船場町の裏路地を歩く

桜の花も残念ながらあっという間に散ってしまいましたが、暖かさが心地よい日が続き、まち歩きにはもってこいのシーズンがやってまいりました。

先ずは足慣らしに近場の船場町(せんばまち)をぶらぶらと散策してみましたが、早速そこでなにやら面白い物件をみつけました。旧ベスト電器の裏手にある大黒神社近くにあった、非常に、本当に非常に幅の狭いブロック塀です。

IMG_1173.jpg

もっと近づいて見てみましょう。
コンクリートブロック1つ半くらいしか幅がありませんが、駐車場の塀との段差は1m近くあります。すごく立派な基礎なのか擁壁なのか、隣のビルも駐車場と同じ高さになっているのが前の写真を見るとよくわかります。

IMG_1175.jpg

後ろの回ってみましょう。高さは4段分120cmくらいですが、このブロック塀に何の意味があるのでしょうか。下のコンクリート部分に上がれないようにしているのかとも考えましたが、それだとこのブロック塀以外のとこであればどこからでも登ることは可能です。

IMG_1176.jpg

あれこれと考えながらこの短いブロック塀を過ぎ、大黒神社横の路地に出てみると、このブロック塀のちょうど反対側にも不思議なブロック塀がありました。


IMG_1185.jpg


高さは5段、幅はわずか一枚だけです。正面から見てみましょう。

buriku.jpg


わずか一枚分の幅のブロック塀です。ビルの外壁には露出のパイプが通ってるので完全に潰せない、反対側には境界があるし、でも人が入り込んでくると困ったことになる。とにかく隣地との境をはっきりしていこうと言うことなんでしょうか。この塀は何とか理解できますが道路側のブロック塀は理解しがたい支部長でした。


不可解な思いを胸に、路地をどんどん進んで旧小倉ホテル南側の道路に出ようとしたら、また不思議な壁に遭遇しました。


IMG_1187.jpg


壁の一部に鉄平石が貼っています。鉄平石の上には「カステラ」状の出っ張りがあります。そのカステラの下部は鉄平石で角も化粧をしています。
ここに入口があったのかもしれません。昔は小料理屋かなにかの飲食店だったのでしょうか。思いは膨らみます。


IMG_1188.jpg


実は、この建物の不思議なところはこれだけではありません。


IMG_1189.jpg


鉄平石で化粧をした部分の上には小さな庇しかありませんが、たぶんこの下に桧皮葺の「粋」な庇があったのかもしれません。そしてこことは別にまた建物の横の部分に意味不明な庇があるのです。

現在は庇の上はエアコンの室外機置き場になっていますが、元々そうだったとは考えられません。
表に回ってみると・・・。


IMG_1191.jpg


この土地には様々な「境界」があるのかもしれません。何とも不思議な建物、そして不思議な界隈でした。



時候も良くなってきましたので、これからはまち歩きをして物件を探して、もう少し頻繁にブログの更新をしていきたいと思う支部長でございます。


その前にマンタクを取りに行かなくては・・・。



「小倉拡張現実計画」開催のご報告

前回のブログで皆さまにご紹介しました「小倉拡張現実計画」が1月25日の午後に開催され、定員いっぱいの参加者で楽しい時間をすごすことができました。遅くなりましたがそのご報告をさせていただきます。

現実計画@チラシ

今回のワークショップ「小倉拡張現実計画」は、人々が持つ場所の記憶をアーカイブしてそして共有させるというのがテーマです。

なんだか難しいようなこのようなテーマでワークショップをやったという話は聞いたことがないし、多分今回が初めての取り組みだと思います。「路上観察学会小倉支部、やるなあ!」などと意気込んでいたのですが、支部長もファシリテーター役の梶原先生もかなりユルいタイプなので、内容が決まってからも赤鞄を色々とハラハラさせておりました。そして赤鞄の心配通り、前日の夜、支部長は夜の歓楽街の路上観察に熱中するあまり終電を逃すという失態をを引きずって会場入り、かたや久しぶりの小倉のまちの記憶がなかなか戻ってこない梶原先生も遅刻をしてしまい、そのうえ小倉最強の雨男が参加するので杞憂していた通りに午後から雨は降りだすわで、赤鞄は爆発寸前。

しかし定員25名満員御礼・続々と参加者が集まり少し怒りも収まったみたいです(ホッ)

梶原先生


梶原先生のレクチャーが始まりました。
博物館の学芸員の視点から、現在の博物館のはたらきとその展示についてのレクチャーをしていただきました。次に民俗学者として人間生活をどう分類していくかということをお聞きしました。
参加者は初めて聞くような話に興味津津です。


講義風景

続いて今回のキーワード「AR」のレクチャーです。ARとは英語の「Augmented Reality」の略で、日本語訳をすると「拡張現実」と言われるものです。人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術のことです。たとえて言うなら、アプリケーションを使ってスマホやタブレット端末を現実の通りや建物にかざすとその場の説明や過去の様子が現実に重ねて見える技術です。


梶原先生は学芸員の体験から「博物館の収蔵ケースにはモノしか置けない」「人々の思いや記憶は展示できない」というジレンマを持っていました。そこで、博物館と言うハコモノから飛び出して、まちそのものを博物館化してそこにあるすべての物にARを活用して説明文や記憶を貼り付けたら新しいタイプの博物館を作ることができるのじゃないかとお考えになって、ARの研究はじめたとのお話を伺いました。一つひとつのお話によって紐解かれていくように、先生のお話は分かりやすく参加者の心に伝わっていきます。


パワポ梶原先生

次に参加型ワークショップです。壁に貼られた大きな地図「小倉の中心市街地」のなかにある参加者それぞれの「場所の記憶」を思い出し、記憶内容を紙に書いて場所を地図上にマーキングします。
すると出るわ出るわ、ずっと小倉に住んでいる人、まだ2~3年しか住んでない人、20代~60代それぞれから色々な記憶が次々に飛び出してきました。会場内は一気に熱気に包まれました。


思いで次々

次に、マーキングされた記憶の内容の分類を行いました。商店街地区・小倉駅前地区・室町地区・城内勝山公園地区・平和通り東側などの地区の分類です。ほかには喜・怒・哀・楽等の感情での分類や、生業、衣・食・住、社会・組織・家族、交通・交易、自然、年中行事、人生儀礼、民間信仰、口承・文芸、遊び・学校等の民俗学的な分類など、博物館的な分類を行ったことで色々な特徴が見えてきました。



地区別に記憶を語る

同じ建物でも用途が変わってしまったら思い出も変わります。以前、婦人下着売り場だった場所での女子高校生の放課後の記憶と、学生や市民の交流施設に変わった場所でのイベント準備の記憶。このように全く違った記憶がその場所に現れます。

ある日久しぶりに通りかかると、今までそこにあったビルが突然無くなっている。なんとなく寂しいような心残りなような・・。これまでは、物件が無くなるとそれで終りだったのですが、この「場の記憶」を掘り起こし共有することであたかもその場面にもどったような優しく懐かしい気持ちを味わうことができたのです。

建物が無くなってしまっても、まちは、このように人々の思いが積み重なってできているのかもしれない。記憶の共有作業の中で参加者の笑顔や熱気に包まれながら、改めて「これは継続したいイベントだ」感じる支部長なのでした。

二次会


その後、この熱気のまま旦過市場の大學堂での2次会に突入。この企画について、参加者の反応は上々で「面白かった、ぜひ継続してほしい」の意見が多数でした。今回ファシリテーターとして我々を導いてくれた梶原先生も、思わぬ成果に大変驚かれていました。支部長と赤鞄も梶原先生と出会え、皆さんと出会えたこと、とてもうれしく思っています。

次回の作戦を練る


梶原先生と早くも次回の開催について謀議を凝らしましたが、出来れば花見がてらやる方向で何とか第2回目を開催したいと思っています。

大學堂での話は尽きず、このまま朝までやっちゃいそうな雰囲気でしたが、大學堂の2階では修論提出1週間前の学生が論文執筆中ですので、約2時間半で閉会を宣言いたしました。

記念撮影

最後はみんなで記念撮影。

みんな楽しそうで開催者としてもとても満足な一日でした。



旦過の馬駐(うまどめ)

ちょっとまえ、北九州市立大学に当時助教授で居られた重信幸彦先生が毎日新聞に寄稿された記事に「旦過市場の小倉中央市場は旧軍隊の厩(うまや)を解体した廃材を使って建てた」という気になる内容がありました。

doc20130528115345_001 (640x264)

そういえば、支部長がカクウチでお世話になっている中央市場の酒屋さんのおかみさんもそんな話をしておられたような。よくよく考えるとこれは面白い内容ですよね。


まず「小倉中央市場」と言ってもどこかわからない人もいると思いますので下の地図をご覧ください。赤くハッチングした三角形の箇所、小文字通りから旦過市場に入る大學堂の先の一角がまでが小倉中央市場です。

doc20130525160323_001 (453x640)


小倉中央市場の人に聞いてみると、平和通りに面しているところについては道路ができたときに建て替えたそうですが、それ以外はほぼ戦後すぐの建物だとのこと。下の写真で見るとそれがよくわかります。真ん中あたりも少し新しいようですね。


中央市場4


そのあと、色々と市場の人に聞いたところ、馬をつないでおく金具、馬駐(うまどめ)がまだ市場の中に残っているという話が出ました。なぬっ!?そんな話を聞くと何が何でも見つけようということになります。

誰が一番に発見するか、支部長と赤鞄はダッシュで旦過の小倉中央市場に!
これは真剣勝負です。


中央市場



最初は中央を調べてみました。しかしここの壁は漆喰で、時代的には終戦直後という感じではありません。市場内の天井は高いところ低いところ様々です。陳列されている野菜や果物に目もくれず、ひたすら首を上にして目を凝らします。


年季の入っていることは分かるのですが、なかなか見つかりそうもなく、支部長は喉が乾いてしまっていつもお世話になっている「Red壁」さんでちょっとビールが飲みたくなってしまいました。赤鞄にそのことを言うとまた凄く怒られるので、そこはぐっとこらえて自動販売機でお茶でも買おうかと自販機の方に歩いて行ったときでした。


中央市場3


おお!あったあったありました。コカコーラの自動販売機の右上の方です。この写真では暗くてちょっと見にくいのでもう少し近づいて観察してみましょう。

中央市場1

丸い鉄の輪っかが「馬駐」です。この輪の部分に手綱を通して馬を繋いだのでしょう。何だか手作り感があってとてもいい物件です。喉の渇きも忘れて見とれていました。


もう少し近づいて観察してみましょう。

中央市場2

輪の直径は15cm程度でそれほど大きなものではありません。こんな処にひっそり、軍馬をつないだ馬駐。
ここに繋がれた馬ももしかしたら戦地に行ったのかもしれません。「戦地から帰ってきた軍馬はいない」という話を聞いたことがあります。そんな馬たちを弔うためか、近くの八坂神社には軍馬忠霊塔が、門司の正蓮寺には軍馬塚があります。

そんなことを考えると、この馬駐も愛おしく見えてくるものです。


勝負は支部長の勝ちです。それでは念願のカクウチに行ってまいります。






ぱっちんについて、支部長は思う

先日、天気の悪い日であったが小倉北区紺屋町を歩いているときにこの物件を発見した。


IMG_3846 (640x480)

どこでも見かけるビルの袖看板であるが、支部長が感心したのは『テシビル』というビルの名前である。

最近はもう絶滅したかもしれない、支部長にとっては懐かしい遊びを思い出したのである。その遊びとは何かわかりますか?


これです。

menko01.jpg

そう、『ぱっちん』です。
関東では『めんこ』、関西では『ぺったん』と言う遊びです。もう絶滅危惧種の遊びと言っていいのではないでしょうか。しかし最近でも遊び方は違いますが、ポケモンカードなどのトレーディングカードとして、今も受け継がれているのかもしれません。

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ここで、『テシ』の意味です。
『ぱっちん』の遊び方としては『起こし』とか『積み』『抜き』『落とし』とかあるわけですが、この遊ぶ際に自分の手の内で最も重要視するのが『テシ』と呼ばれるぱっちんです。


『テシ』には、最初から帝王学を身につさせるために、蝋を塗りつけて重くしたり、強度保持を行ったり、角のインデックスを張って、やはり強度保持をしたりします。
また、最初にぱっちんを切り取るときに、周りのぱっちんを多少犠牲にしても、少し大きめに切り取ることもありました。

そんなことを思いながら、裏に回ってみると・・・・・・・Oh!!

IMG_3848 (640x480)


『テシ』の二文字がくっきりと。美しいではありませんか。
このビルのオーナーはテシさんなのでしょうか。それとも若かりし頃、路地裏や神社の境内何かで、かなりぱっちんを巻き上げてそれを元手にこのビルを建てたのでしょうか?


そう言えば、ランチンの時も『テシ』と言っていたような気もしますね。

IMG_3849 (640x480)

やっぱり、家内と『テシ』は大事にしなければと、このビルを見つけて、日ごろの行いを反省する支部長でございます。


ちなみに、赤鞄も「テシ」という言葉には何か引っかかるらしく、ようやく思い出して大声で真似をしてますが、大きな勘違いでした。

それは「志村けん」の演じる「デシ男」でした。

「デーシッ!デーシッ」うるさいです。



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